
移民政策
古くは先住民アボリジニが生活を営んできたオーストラリアだが、18世紀から始まった植民地政策で、ヨーロッパ人や西洋文化が流入し、西欧化されながらも社会制度が整ってきた。当初はイギリス人やアイルランド人が移民の主流となっていたが、次第に世界各国から集まってきた。現在では人口の4人に1人が外国生まれ。過去2世紀の間に200ほどの国々からやってきた移民か、その子孫である。移民受け入れの歴史
オーストラリアでは何千年もの間、先住民アボリジニが定住していたが、18世紀末にヨーロッパ人が入植した。その後もヨーロッパ人を中心に移民が増え続け、世界中から人が集まった。19世紀半ばに起きたゴールド・ラッシュでは、大陸を目指して多くの人々が押しかけてきた。
第二次世界大戦後には、政府の政策として世界中から移民を受け入れることを推進。社会や環境の変化からその基準はたびたび見直されているが、主となるのは、家族を呼び寄せる、専門家としての技術移民、人道的理由(難民)などだ。現在でも毎年12万人規模の人が、新たにオーストラリアの永住者となっている。
第二次世界大戦後には、政府の政策として世界中から移民を受け入れることを推進。社会や環境の変化からその基準はたびたび見直されているが、主となるのは、家族を呼び寄せる、専門家としての技術移民、人道的理由(難民)などだ。現在でも毎年12万人規模の人が、新たにオーストラリアの永住者となっている。
多民族国家
移民政策が採られた始めた当初は、ヨーロッパ人の割合が高く、移民の制限も行われていた。しかし、経済的な発展や多文化を推奨する考えから、現在では、全国民すべてが平等であることを政府が公約。国際情勢からもオーストラリア近隣地域やアジアの重要性が増し、中国やインドを中心にアジア出身者が急増している。
オーストラリアの人口の4人に1人が外国生まれ。過去2世紀の間に200ほどの国々からやってきた移民か、その子孫である。オーストラリアの共通語は英語だが、そのほかに100以上の言語が話されている。こうした多民族の融合が、オーストラリアのユニークな文化を形成する根底となっている。
オーストラリアの人口の4人に1人が外国生まれ。過去2世紀の間に200ほどの国々からやってきた移民か、その子孫である。オーストラリアの共通語は英語だが、そのほかに100以上の言語が話されている。こうした多民族の融合が、オーストラリアのユニークな文化を形成する根底となっている。
移民の歴史がわかる施設
メルボルン
移民博物館
Immigration Museum
古い税関だった建物を改装して、1998年にオープン。1800年代から続く移民の歴史に関する記録などが展示されている。
→ Immigration Museum(英語)






