
深く理解りたくなった国(フォト&エッセイコンクール入賞作品)
フォト&エッセイコンクール入賞作品決定!
オーストラリアを修学旅行で訪れた中学生・高校生を対象に、体験して感じたことと写真を募集する「第1回オーストラリア教育旅行フォト&エッセイコンクール」を開催。全国26の中学・高校から寄せられた814点もの応募作品のなかから選ばれた最優秀賞および各入賞作品を毎月2回ご紹介していきます。
<優秀賞>「深く理解りたくなった国」
応募者:田中藍子さん(兵庫県・滝川第二高等学校2年)
オーストラリアでのファームステイ中、私は何回思ったことをそのままの意味で伝えることができただろうか。「伝えること」それは英語力の乏しい私にとって、学校で習う英文法を完璧にこなすということではなかった。言葉はあくまでツール。数少ない語彙とジェスチャー、表情を駆使して全身で「言葉」ではなく「思い」を伝える。そこまでしても伝えきれない思いも多く、何度も悔しい思いをした。もし英語がペラペラに話せたならば、ホストファミリーが伝えたいことを理解し、彼らの文化をより奥深く感じることができたはずだ。
その時気づいた。学校で学ぶ英語はその入口にあるのだと。つまり他言語を学ぶという行為が異文化理解の扉を開くということだ。クラスメイト全員で受ける英語の授業であっても、そこには文化の違う対貴方、君と理解し合いたいという気持ち、一対一実現の基礎がある。その動機づけが大切であるということを学んだ。それはオーストラリアでの、あたたかい人々との出会いや、長い時間を経て育まれてきた文化を大好きになったからこそ気づけたことだ。この国に愛着が湧けば湧くほど、言葉の壁をどうにか無くしたいと思った。
異文化の相互い理解をしようとする際、もちろん日本の文化を伝える機会も重要だった。しかし私は日本の歴史、誇れる文化についてあまりにも無知だった。日本を語れない日本人が外国に行けば、その人は無国籍も同然、多文化に触れる資格はないのかもしれない。何よりもそんな空っぽの日本人と意思疎通したいと思う外国人はいないだろう。だが、まさしく私は「日本をしらない日本人」それに近かった。
今後の高校生活では今回気づけた学ぶ意味を大切に、たくさんの知識を吸収していこうと思う。そして将来、大好きになったオーストラリアでもう一度英語を通し、今度は価値ある異文化コミュニケーションの機会を持つことを目標にしようと思う。





