
命をいただくということ(フォト&エッセイコンクール入賞作品)
Updated:2010/08/13
フォト&エッセイコンクール入賞作品紹介
修学旅行でオーストラリアを訪れた中学生・高校生を対象に、昨年4月から12月にかけて実施された「第1回オーストラリア教育旅行フォト&エッセイコンクール」。今回は、ファームステイを経験したことで、命をいただくということの重さを改めて感じたという作品をご紹介します。
<優秀賞>命をいただくということ
応募者:吉田 裕望さん(福岡県・西南女子学院高等学校2年)
命をいただくということを私はあらためてオーストラリアでファームステイをして実感しました。私が小学生の時、私は祖母の家でお坊さんと話しをする機会がありました。そのときにお坊さんは、「ごはんを食べる時にいただきますというのは、動物でも何でも殺したものを私たちは食べているのだから、ちゃんとその命に感謝する意味を込めていただきますというのだよ。」と私に教えてくださいました。それ以来私はそのことを受け止めて食事をしていたつもりでした。しかし、私はまだ命をいただくということをきちんと受け止めていなかったと今は思います。
私はオーストラリアでファームステイをすると聞いて行く前まで冗談半分で「ファームステイ先で飼っている牛が夕食とかに出てくるかもね」と言っていました。また、「外国だから食べきれないくらいの量の食事が出てくるかもね」と言っていました。そして実際にファームステイに着き、牛の世話などをした後、夕食の時間がやってきました。夕食の準備をしてみんなでテーブルを囲みました。するとホストファーザーがお祈りを始めました。今日も命をいただきますという内容のお祈りでした。日本では、いただきますをただいうだけだけれど、お祈りで命をいただきますということを言うのは命のおもさの感じ方が違うのだなと思いました。また、食べ始めた時にホストマザーが今日のお肉は、家で取れたお肉なのよと教えてくれました。私は直前まで牛の世話をしていたので、それを聞いてぎょっとしました。冗談でおもしろ半分で言っていたことが本当に起こり、驚くのとともにひとくち、ひとくちに命のおもさを感じられました。また、私の想像とは違ってごはんは食べられるだけの量が出てきて、必要以上に食事を作りすぎていなかったので本当に命を大切にしていることを感じられました。オーストラリアで感じた命への感謝をこれからも忘れないようにしたいです。
修学旅行でオーストラリアを訪れた中学生・高校生を対象に、昨年4月から12月にかけて実施された「第1回オーストラリア教育旅行フォト&エッセイコンクール」。今回は、ファームステイを経験したことで、命をいただくということの重さを改めて感じたという作品をご紹介します。
<優秀賞>命をいただくということ
応募者:吉田 裕望さん(福岡県・西南女子学院高等学校2年)
命をいただくということを私はあらためてオーストラリアでファームステイをして実感しました。私が小学生の時、私は祖母の家でお坊さんと話しをする機会がありました。そのときにお坊さんは、「ごはんを食べる時にいただきますというのは、動物でも何でも殺したものを私たちは食べているのだから、ちゃんとその命に感謝する意味を込めていただきますというのだよ。」と私に教えてくださいました。それ以来私はそのことを受け止めて食事をしていたつもりでした。しかし、私はまだ命をいただくということをきちんと受け止めていなかったと今は思います。
私はオーストラリアでファームステイをすると聞いて行く前まで冗談半分で「ファームステイ先で飼っている牛が夕食とかに出てくるかもね」と言っていました。また、「外国だから食べきれないくらいの量の食事が出てくるかもね」と言っていました。そして実際にファームステイに着き、牛の世話などをした後、夕食の時間がやってきました。夕食の準備をしてみんなでテーブルを囲みました。するとホストファーザーがお祈りを始めました。今日も命をいただきますという内容のお祈りでした。日本では、いただきますをただいうだけだけれど、お祈りで命をいただきますということを言うのは命のおもさの感じ方が違うのだなと思いました。また、食べ始めた時にホストマザーが今日のお肉は、家で取れたお肉なのよと教えてくれました。私は直前まで牛の世話をしていたので、それを聞いてぎょっとしました。冗談でおもしろ半分で言っていたことが本当に起こり、驚くのとともにひとくち、ひとくちに命のおもさを感じられました。また、私の想像とは違ってごはんは食べられるだけの量が出てきて、必要以上に食事を作りすぎていなかったので本当に命を大切にしていることを感じられました。オーストラリアで感じた命への感謝をこれからも忘れないようにしたいです。






